新人時代の最初の仕事が一番大変だった気がする。リーダーが来ないのよ…。

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育休から時短勤務で復職してから2か月が経ち、仕事をする日常に対する違和感がなくなってきました。復職してすぐの頃は、なんとなく「ふわふわ」していたのですが、それが落ち着いてきた感じです。

 

この感覚を過去にも感じたことがあると思い、記憶を辿ってみると、それは新人時代に研修を終え、最初の仕事を割り当てられた時のことでした。「あの頃私は若かった…」と言いたいわけではないのですが、その最初の仕事がこれまでの社会人生活の中で一番つらかった仕事だった記憶しています。

 

本日は、その仕事がどんな仕事だったのか?なぜつらかったのか?についてお話をしてみたいと思います。

 

 

最初の仕事

およそ3か月間の研修を終え、最初に参加したプロジェクトは、製品管理システムのプロトタイプを開発するというものでした。

 

メンバーは5年目の社員1人(リーダー)と私と同期1人の計3人。納期はおよそ2か月(7月途中~8月)、基本設計部分はほとんどできている状態からのスタートだったので、新人のお仕事としてはちょうどいい難易度のものだったと思います。

 

開始時点での懸念は、研修で学んだプログラム言語とは別の言語で構築する必要があったことでしたが、蓋を開けてみると最大の懸念は『人』であったことを思い知らされるのです。

 

最初の言葉

「僕は基本、手を動かさない(プログラムを書かない)から。二人で作ってもらうことにするからね。」と最初にリーダーに言い渡されたことを覚えています。

 

「じゃあ、この人は一体何をするんだろう?」と思いながらも「プロジェクトの管理業務に専念するのだろうし、講師的な立ち位置で動いてくれるのだろう」と勝手に納得したことも覚えています。

 

欠勤が断続的に続く

プロジェクト開始からそこまで日がたっていなかった時だと思います。リーダーから体調不良で休む旨の連絡が入りました。そして、その数日後にも体調不良の連絡が入りました。

 

その時は「完全に治りきっていなかったんだな、大変だな」ぐらいにしか思わなかったのですが、それが4回目ぐらいになると「この人、大丈夫なのか?」と思うようになりました。

 

「調子が悪いので少し休んでから出社します。」という連絡がきたものの、夕方ごろになっても来ず、「やっぱり今日は休みます。」という連絡が入った時など、「やっぱりか…」などと落胆したものです。

 

遅延するプロジェクト

プログラム言語の研修を受けたとはいえ、私と同期は仕事に関してはズブの素人でしかなく、詰まってしまうことが多かったため、相談役や指導者が必要でした。

 

しかし、その役割を担うはずのリーダーが休みがちとなると、当然無駄に考え込む時間が増えてしまい、プロジェクトはどんどん遅延していきました。

 

そして、プロジェクトの遅れを取り戻すために、リーダーもプログラムを書くことになりました。「自分の担当分ができれば、さすがに休まなくなるのではないか?」と思ったのですが、休みや出社時間が遅くなるペースは全く変わりがありませんでした。

 

課長や主任が叱っても…

プロジェクト自体は3人で進めていましたが、組織としてはリーダーの上に主任や課長がいました。

 

ゆえに、この状況を問題視して主任や課長が度々リーダーに注意や説教をしていたようだったのですが、効果があるのはその翌日ぐらいで、数日すると元通り…という状態でした。

 

私の会社では客先に常駐して仕事をしている人が多く、社内に常に上司がいるわけではなかったので、サボりやすいかったのでしょうか。

 

残業が常態化

最初の頃は定時(18時)に帰れましたが、プロジェクト遅延してくると夜遅くまで残業するようになりました。リーダーは休む頻度こそ下がったとはいえ、基本的には午後出社。

 

終電間際にリーダーが「ここを明日の朝レビューするから!午後にはそれを受けて後続の作業を終わらせよう!」と言いはするものの、翌日16時ぐらいに出社してきて、レビュー完了が20時なんてこともありました。

 

私たちは通常出社時間の9時から20時まで、後続の作業を進めることができなかったのです。

 

休日出勤

リーダーがそんな調子ですから、プロジェクトの遅延は一向に回復せず、休日も出勤する羽目になりました。最初の頃は土曜日だけでしたが、最後の頃は土日の両方出勤していた気がします。

 

休日出勤時間も含めたトータルの残業清算時間は各月70時間に及びました。8月は夏休みもあったのにもかかわらず…。このプロジェクト以降も忙しい仕事はありましたけど、この残業時間を超えたことはありません。

 

疲弊する精神

平日深夜まで残業し、土日も出勤となると心が疲弊し荒んでいきますから、もともと反りが合わなかった同期とも仲が悪くなっていきました。最初は気にせずにできたことでも苛立ち、些細な事でも腹が立つ。本当に最悪な状態でした。

 

この次のプロジェクトでもこの同期と一緒だったのですが、参加した2か月後にチームリーダーから「仲が悪くて空気が悪くなるからいらない。」と退場を余儀なくされるほどに関係は破綻していたようでした。

 

収束

結局、プロトタイプはバグをたくさん含んだ状態でしたが、納期内になんとか完成させることができました。しかし、バグが満載の状態で顧客が満足するはずもなく、リーダーが客先に常駐し、責任を持ってプロトタイプを完成させることで話がついたようでした。

 

さすがに客先では突発的な休みや夕方出社はしなくなったそうです。遅刻はしていたらしいけれども。

 

どうしてこうなった?

この仕事のあと、別の先輩に聞いた話によると、「あの人は昔はあんな人じゃなかった」とのこと。仕事のストレスでお酒を飲みすぎるようになり、脂肪肝になってしまったあたりから、仕事をサボリがちになってしまったそうなのです。

 

そして、心身を整えるために1か月の休職をしたらしく、復帰後の最初の仕事が私たちとの仕事だったとのこと。復職前の面談では「任せて下さい!」と意気込んでいたそうなのですが、ほぼ放任だったやんけ…。

 

その年末に退職

 

その後、客先でプロトタイプを完成させた後、その先輩は退職しました。送別会兼忘年会では、私と同期が言い争いをしているのを見て、「すぐ喧嘩するから嫌なんだよ!」みたいなことを仰っておりましたが、

 

その原因を作ったの、あんたですからね!!!

 

とツッコみたくなるのを堪え、上辺だけの謝意を伝えて送り出しました。

 

おわりに

 

こうして終了した私の最初の仕事は、つらいことばかりで何の成功体験も得られず、「失敗」と言えるほどに酷いものだったのですが、この時の経験がその後の仕事に生きているように思えます。

 

無根拠に上の人が言っていること(もしくはその人自体)を信じなくなりましたし、自分の意見を出せるようにもなりました。間違っているものは間違っていると言えるように。経験年数=実力ではないんですよね。

 

そして、嗅覚が発達したのか、プロジェクトの炎上による長時間残業や休日出勤に向かいそうなリスクを察知し、早めに対処することができるようにもなりました。そういうときってなんか、『臭う』んですよね。

 

その結果、10年以上仕事をしていますが、徹夜や休日出勤(休日リリース作業を除く)をしないで済んでいます。どんなに忙しい仕事でも、この時の仕事より残業したことはありません。担当する仕事にも恵まれているのでしょうけれど。

 

本当にひどい経験でしたが、『失敗』から学ぶこともそれなりにあったということでしょうか。